ひでお

2020年1月20日 (月)

亀鳴く

明日21日は「つづきの会」の1月例会。

9人の提出句45句から選をしている。

その中に「亀鳴いて……」という句があったので

ネットで見ると「本当はカメは鳴かない。春の季語」とあった。

「ああ、そうですか」と画面をスクロールすると、「おやおや」。

  亀鳴くと鳴かぬ亀来て取り囲む    渡辺隆夫

そうか、彼は俳人でもあったなと思いつつ、ここで会うとは。

「こいつあ春から縁起がいいわい!」と思った次第(関係ないか)。

 

みなさん、今年もよろしくお願いします。    ひでお

2019年11月18日 (月)

助詞

米炊(かし)ぐ前に蛍の二つ三つ

米炊(かし) ぐ前へ蛍の二つ三つ

米炊(かし) ぐ前を蛍の二つ三つ

「いしづみ勉強会」の教材に使えそうだ。

ひでお

 

2019年10月14日 (月)

踏絵から

遠藤周作の『人生の踏絵』から。

氏はモーリャックの『テレーズ・デスケルウ』の概略を述べた後、次のように語る。

「それまでのいろんな小説の書き方では、登場人物はこういう心理だから、ああいうことをしたんだ、となっていました。

『彼女は嫉妬のためにハンカチを握りしめた』とかね。心理がはっきりわかったのです。例えばバルザックの『ゴリオ爺さん』

を読みますと、ゴリオ爺さんの行動は全て、彼の娘に対する父性愛という心理から来ていると説明できた。

ところが、現実のわれわれが何かの行動をするとき、決してただ一つの心理だけで起こしませんよね。いろんな心理が

絡み合っていて、その結果何らかの行動をしますよね。」

 

僕たちは、心理(動機)→行動で、物事をわかったこととして流してはいないか、川柳も平板な常識的価値観で作ってはいないか。

そんなことを思いました。

 

   今日は「残り福」に選者として行ってきました。

   席題「AI(人工知能)」から

      AIの趣味はさいころ振るゲーム    ひでお

 

2019年8月19日 (月)

選は創作

水原秋櫻子の『高浜虚子』を読んでいる。

すでに読んだ人には場所塞ぎだが、面白いと思う箇所があったので紹介する。

ある年の5月のホトトギスの例会。

題は「麦藁」 虚子選

    螢打つ麦藁細工すてゝあり    名合今更

虚子「この句は蛍狩りに出かけて、団扇などで蛍を打っていると、その道端に麦藁細工が捨ててあった。

すなわち意味は螢打つで一度切れ、それから麦藁細工捨ててありと別なことに移ってゆく。こういう

叙法は新しいものです。」

虚子の批評に対して、

野鳥「私はこの句については、先生とちがう解釈をしています。螢打つは当然麦藁細工にかかるべきもので、

田舎ではよく蛍を打つ麦藁細工を作ります。叙法からいっても、そうとるのが自然ではないでしょうか。」

虚子「あなたはそう解釈されるか知りませんが、私は説明したような意味で採ったのです。あなたの解では

平凡になってしまうでしょう。」

野鳥「平凡になるかどうかわかりませんが、私の解の方が自然だと思います。」

虚子「選者というものは、句を自分の考えのように解して採るものです、ですから私はいつも選句は選者の創作だと言って

います。」

野鳥「それでは今更君の作意はどうなのです。」

今更「私の作為は野鳥先生の言われた通りです。私の郷里では麦藁細工で蛍を打ちます。それをそのまま詠みました。」 

虚子「作者の作為ばかりが尊重され、選者の解釈が認められなければ、私はホトトギスの雑詠を選することはできません。」

そう言うと、机上にあった帽子と風呂敷包をとり、あらあらしく扉を排して出て行った。

・・・・・・・

長々と何が伝えたくて引用したのだろう。

この場面のやり取りは、かねてから快く思っていない関係がベースになっていたらしく、また秋櫻子の主観が反映している。

私にとってはよく耳にする「選は創作」ということについて、虚子がどういう意味で言ったかが分かり面白いと思ったのである。

本書は、虚子門であった秋櫻子が、そこを離脱するまでの経緯を、当時の若い俳人(その中には素十や誓子その他多くの俳人たち)

の姿を含めて詳細に既述した自伝である。

 

 

2019年5月20日 (月)

近況から

5月18日(土)は、京都川柳作家協会主催の「2019京都みんなの川柳大会in福知山」。

木口雅裕、徳山泰子、佐藤正昭、河村啓子、太田のりこさんなど、京都南部や奈良・大阪で

活躍されている元気な方たちを選者にお迎えしたが、好評だったようだ。

ベテランの皆さんの特選・秀句の中に、川柳をはじめて間のない若い人の名前があったことが

収穫。

   出番なく役目果たした縄梯子     ひでお

   ブラックホールの穴の深さへ下ろす縄  〃

   砂山は夕陽にあずけ子とかえる     〃

 

 

前回、金沢市瓢箪町の松立寺で、石川県の物故した川柳人の供養の会が営まれていると書いた。

その後、ある日、自分の本棚に『瓢箪町二十四番地』があるので手に取った。

村井見也子さんから頂いた奥美瓜露さんの句集である。

町名を句集の名にしたのだ。もちろん本が家にあるのは知っていたが、タイトルは失念していた。

略歴を見ると、 美瓜露さんは石川県川柳協会の重鎮で、平成10年には石川県文化功労賞を受賞されている。

石川県の川柳史も書かれていて、その中には安川久留美のことも載っているらしい。

地図で見れば美瓜露さんの家から松立寺はほんの500mぐらい。

これで松立寺と石川県の川柳人供養のつながりが見えたようだ(終わり)。

 

2019年4月15日 (月)

安川久留美

4月6日は金沢にいた。

7日に「蟹の目の川柳大会」があり、選者を仰せつかっていた。

金沢といえば、安川久留美の名が浮かぶ。 

「川マガ」が出る前の「月間オール川柳」を記憶している人も多いだろう。

創刊第4号(1996.3)でその名前を知った。

酒で人生を棒に振った人のようで、最後は金沢の繁華街香林坊の路上に倒れ、

息を引き取ったという。享年65歳。

少し句を紹介しよう。

   左の眼つむり自分の鼻を見る

   秋の水顔を洗っている自分 

   淋しさは護謨人形の胸を押す

   牡丹雪牛のまつ毛の上に消え

   どの豚が偉いでもなし豚の群れ

   銀行の敷地に猫が死んでいる

   朝顔をほめてこぼれる歯磨粉

金沢市瓢箪町にある松立寺で「久留美忌」が開かれたかに書いてあったので、

墓でもあるのかと探して行ってみたが、戸の閉まった玄関前で引き返すしか無かった。

7日、福村今日志さんから、久留美に関わる物は何も残っていない、

墓も分からないと聞かされた。

ただ松立寺では「久留美忌」ではないが、物故された石川県の川柳人供養の集いが今も開かれているという。

合掌。

 

ところで大会の成績だが、マア上品な成績だったと言っておこう。

 

 

2019年2月18日 (月)

噓、つくりもの、フィクション

必要あって古い黎明誌を繰っていたら片野智恵子さんのエッセーが
 

目に留まった。2003年5月発行の第15号である。

 

「ともすれば、ことばの美に酔うことの多かった私に、石田柊馬さんは
 

『噓・つくりもの・フィクションを書けば必ず短詩文芸は作者の心情を
 

反映する。現に石部明氏は、川柳で大ウソを書いてやろうと思って
 

川柳をはじめたのですよ』と話してくださった。感覚的にはわかっては
 

いても、積年の頑固な土壌は容易にくずれそうにない。」

 

このパラグラフは今の私の思いに重なる。「短詩文芸は作者の心情を
 

反映する」とはどういうことか。短詩文芸の形式の恩寵のようなことか。
 

よく分からないが、ともかく「短詩文芸は作者の心情を反映する。
 

だから自由に書け」の意と受け止め、我が「積年の土壌」を崩して
 

いきたいと思ったのである。

 

 

2019年1月14日 (月)

今年もよろしく

 

皆さん、おめでとうございます。

「毎日の経験は当然のように消えてゆく。この当然のことを記録

する作句過程の中で、何を異常と観じ、何を変異と感じるかが

詩人のいのちである。」(墨作二郎)

今年もよろしくお願いします。   ひでお


 

2018年12月17日 (月)

断念の詩型

プリントアウトした「顎のはずれた鯨」が出てきた。
記事の日付は、2005428日とある。

タイトルは「断念の詩型・・試作(わかりやすく)」。
断念することによって、句が膨らむことを感じていただければ幸甚、
として以下の記述が。

いい返事だけを残していなくなる

一呼吸の詩として一句は完成しているが、「なるほど」とは思っても
もう一つ感興が湧かない。それだけで読み流されてしまうだろう。
その原因は断念の気配がないことである。その「断念」とは書きたい
のをガマンして、「いなくなる」まで書かないことである。
では空白の下五をどうするか。

いい返事だけを残して金魚の尾

これで読者は「いい返事だけ残して」ひらひらと消えてゆく女と、
金魚鉢の金魚と見比べて微苦笑するに違いない。しかし、これでは
まだ断念とはいえない。

いい返事だけを残して柿たわわ

「いい返事だけ残して」で一句は切れる(断念する)、そして、
ひらひらと消えてゆく女から視線を自分に戻して・・まっいいか・・
とでも言うように「柿たわわ」とゆるやかに秋の景色と同化してゆく。
そのことによってやや屈折した作者の心境を表すことになる。

<断念>わざわざプリントしたのだから目は通していたのだろう。
しかし、読んだことも忘れていた。明さんは、こんな丁寧な助言を
残してくれていた。



夢に逢いて

  お浄土に飽いたと父母が顔を出す    ひでお

2018年9月17日 (月)

選評に思う

瀬々倉卓治という名は、柊馬さんから示された読売新聞、                                           神奈川版「よみうり文芸」アンソロジー『口伝』で知った。


『口伝
』には柊馬さんの作品鑑賞が掲載されている。
京都の柊馬さんと神奈川の卓冶氏のつながりを不思議に思ったが、
そのことよりも「気韻の一書」と題したていねいな作品鑑賞と、
柳壇選者、卓冶氏への信頼感が私のこころに残った。

卓冶氏の名前で検索をかけたところ、柴崎昭雄氏の運営する
「木馬館」川柳名句集に次の3句を見つけた。


    牽くかたちしたまま凍る かぶと虫   卓治

    ひと生まれ 手枷足枷陽をはじき    同
  少年の試練ひとりの父を焼く      同
 

下の句はネット上で見つけたある日の「よみうり文芸」入選句。

 ひとり居に同居が叶う母の骨  (市原市 ・角田寿雄さん)

【評】抱けば、膝に、母の温もりがつたわる。いっしょに棲めば、母の骨壺に、
私の声がつたわる。
骨になって、子の膝に戻れた母の声が、巡り逢った終の棲家で、
孝行に触れる。
いろいろ揉めたであろう母の骨壺がひとつ、でも、生んだどの子も、

優しかった母の風景が、独り居の、息子の膝で蘇る。

〈私の掌に載った作品は、いつも勝手に歩きだす〉は卓冶氏の言。
作者に向けてだけでなく、新聞の読者の心に届く選評を書きたいと思う。

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