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2019年12月13日 (金)

「座る祥文 立つ祥文」

筒井祥文さんの遺句集が、近しい方々の手で編まれた。
祥文さんらしい、シンプルな装幀。表紙には、句会で見かけた考える祥文さんの似顔絵。裏表紙には、おむすびみたいな祥文さんの背中が、いかにもシャイな祥文さんらしい。すみずみにまで、大勢の人のこころが込もった句集だと思う。

(川柳や…)と思いながら三度読み返し、読むたびに付箋が増えた。さりげなさが、極めた芸のようでもある。

 

   老人が違う光の中にいる

   ころんと転がる一瓶の夜景

   水垢を水で洗えば佐渡おけさ

   音の出るものを天神さんで買う

   よろこびのびの字を猫が踏んでいる

   光年というヨーヨーの紐の丈

   鳥の声 水は力を抜いている

   あり余る時間が亀を亀にした

   正しいと思うところに鼻をおく

   人としてキリンの下を通ります

   伝説の幅を計れば二寸五分

   仏壇の奥は楽屋になっている

   二周半ちょっとで奈良漬けの角度

   人間を三人埋めて余る土

   何となく疲れて海に腰かける

 

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桐子」カテゴリの記事

コメント

祥文さんの作品、私も読み返しています。
以前、二次会で姉さんって呼ばれたことがありました。姉さんに成りきれなかった。

今日読んだら、また違う句に惹かれました。
  
  死ぬまでのその夜その夜に通す腕  祥文

祥文さん、もっともっと川柳にもの申してほしかったですね。
姉さん、ですか。祥文さんらしい。……さみしいですね。

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