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2019年9月

2019年9月29日 (日)

朝風呂

私にとって令和の菊月は試練の一ヶ月であった。
裏庭に樹齢50年程の垂れ桜がある。椿の鉢植えも数個、その回りをこの猛暑で雑草がわんさか・・!
一念発起して草引きをした。それが命取りであった。なんか首筋がモゾモゾ、あっという間に背中、手足、ふくらはぎに発疹である、痒い、痛い、高熱、副作用に眠れない、汚ない。二週間つづいた。

それと、依頼されてもいないのに今月末の川柳作品〆がわんさか・・!川柳馬鹿である。必死に作句した。

今日は9月の29日恒例の朝5時半すぎの散歩、下鴨神社でのラジオ体操、その足で伏見のスーパー銭湯へ出向いた。
2時間たっぷり温泉に浸った。
身も心も軽々である。
湯上がりと言えばビールでしょう‼️
くーといただき午前中には帰宅出来た。

   哺乳類放れ一先ずちぎれ雲       彰子

2019年9月12日 (木)

見ること

パソコンのグラフィックソフトで、作品や印刷原稿を作成するときに、いくつかの画像や文字をレイヤーと呼ぶ「層」に分けて重ねてゆく。
アニメーションのセル画も同様の階層構造で、層の多いほど奥行きや立体感が表現される。最終的には見えないものまで丁寧に描きこむことで、実写とは違ったリアリティを生み出したのがジブリだ。

写生句にもこのレイヤーを感じさせる句があって、書かれているものの背後や、切り取られた風景の外側までイメージの広がることがある。見たけれど隠したのか、まったく見ていないのか、文字表現でも受け手に伝わってしまう。

ハリガネ画の升田さんは、ハリガネで仏画から写仏をする。平面から平面に線を起こすのかと思ったら、仏画を一度、頭の中で立体にしてハリガネの線画にするのだそうだ。そうしないと、像(かたち)にならないとおっしゃった。

平面化してゆくデジタル社会の中で、奥行きを見ることが減ってきている。ただものを見ることに留まらず、すべてのものと自分の関係性まで曖昧になりそうでこわいことだと思う。

    

2019年9月 2日 (月)

晩夏

やっと九月、年々暑さがこたえる。

今年はマンションの自治会の役を引き受けている。

新築時代から住んで既に30年を超えた。

入れ替わりがあるとはいえ若かった住人もみな歳をとった。

 

駅近の便利さに、自宅を買い替えて引っ越してこられる人達も

ほとんどが高齢者。

八月は何度も救急車がきた。

 

そんな昨日自治会の大掃除。

無事に済んだとホッとした時、なんと段差に躓き倒れた人がいて

慌てて救急車要請。

圧迫骨折で入院された80歳女性。

自治会に協力しようと出て来て下さったのに。

 

   ひと房のぶどう分け合っている晩夏   せつこ

 

 

 

 

 

 

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