近況から

5月18日(土)は、京都川柳作家協会主催の「2019京都みんなの川柳大会in福知山」。

木口雅裕、徳山泰子、佐藤正昭、河村啓子、太田のりこさんなど、京都南部や奈良・大阪で

活躍されている元気な方たちを選者にお迎えしたが、好評だったようだ。

ベテランの皆さんの特選・秀句の中に、川柳をはじめて間のない若い人の名前があったことが

収穫。

   出番なく役目果たした縄梯子     ひでお

   ブラックホールの穴の深さへ下ろす縄  〃

   砂山は夕陽にあずけ子とかえる     〃

 

 

前回、金沢市瓢箪町の松立寺で、石川県の物故した川柳人の供養の会が営まれていると書いた。

その後、ある日、自分の本棚に『瓢箪町二十四番地』があるので手に取った。

村井見也子さんから頂いた奥美瓜露さんの句集である。

町名を句集の名にしたのだ。もちろん本が家にあるのは知っていたが、タイトルは失念していた。

略歴を見ると、 美瓜露さんは石川県川柳協会の重鎮で、平成10年には石川県文化功労賞を受賞されている。

石川県の川柳史も書かれていて、その中には安川久留美のことも載っているらしい。

地図で見れば美瓜露さんの家から松立寺はほんの500mぐらい。

これで松立寺と石川県の川柳人供養のつながりが見えたようだ(終わり)。

 

2019年5月17日 (金)

葵祭

 

 

令和元年5月15日。五月晴れ。

この日は山の会の月例登山会だったが、

葵祭の招待券を戴き、急遽出掛けることにした。


建礼門すぐの招待者席で行列を見る。

雅な行列に暫くうっとりしていたが、妙なことに

行列の馬が気になりだした。


いななき従者を困らせる馬、同じ処をぐるぐる回る馬。

見物人に興奮冷めやらぬ馬、上品に凛と歩く馬。

私は、それぞれの馬をそれぞれ人に例えて、一人で喜んだ。



 夏空が腰輿(およよ)に乗ってやってくる  せつこ

 

 

 

 

2019年5月13日 (月)

AI川柳

宗教学者、山折哲夫さんの『AIは「こころ」と共存できるか』の講演を聴いた。

というのも、川柳教室の生徒さんから「これからは、川柳も俳句もAIが作るんじゃないですか」と言われ、ずっと考えていた。すでに、AIと俳人の俳句対決も行われて、ほぼ互角だったとか。ことばの組み合わせだけでも、おもしろい句はできるかもしれない。では、こころは、人生の経験は作句に必要ないのか?……なぜ川柳を書くのか、考えさせられた。

山折さんは、ご自身の老いに伴う死生観の変化を語られた。西行法師にはじまり、親鸞、医師の長谷川和夫氏などのお話はとても興味深かったが、ここでは省略する。現在の心境は、「90になったら勝手に死なせてくれ」。尊厳死、安楽死など、死の規制緩和を求めたいと仰った。
そこで、AIが登場する。ロボット研究の第一人者である阪大の石黒教授に、釈迦アンドロイドと、イエスアンドロイドの制作を依頼されたそうだ。それぞれの宗教の知識をすべて詰め込んだアンドロイドに、90歳以上の人間の安楽死について問いたいそうだ。
死ぬことのできないアンドロイドに、死というものを理解することができるのか?私も、アンドロイドの回答を待ちたいと思う。

2019年5月 3日 (金)

山菜三昧

友から山菜を貰う。

蕗味噌、花山椒、コシアブラ、真っ白な肌の独活(うど)まで・・。

コシアブラは胡麻和えに、独活は酢味噌と、先っ穂は天ぷらにして

春の味満載の食卓になった。


さて、 元号が平成から令和に変わった。

どなたかが西暦は数で元号は章ではと発言されていた。

なるほどと頷く。


毎朝、般若心経を写経していて、年号と月日を記すのだがつい、

平成と書いてしまう。

中々、章として区切ることが出来ない。


吟行

東本願寺飛地内渉成園枳殻邸にて

  
  京の鬼門の都あられになりました     彰子

 

 

 

 

2019年4月30日 (火)

添い寝

 

 

 何故か母はずーっと私の傍で見守っていてくれると思っていた。

だから亡くなった時、呆然として裏切られたような気持ちになった。

 

布団に横たわった母は呼べばすぐに返事をしてくれそうにみえる。

このまま旅立たれたら気持ちの整理もつかないし、余りにも悲し過ぎ。

 

私はそーっと母の横に滑り込んだ。母はひんやり冷たく硬かった。

 

  

    添い寝する 母のときめき聞きたくて      くにこ

 

 

 

 

2019年4月15日 (月)

安川久留美

4月6日は金沢にいた。

7日に「蟹の目の川柳大会」があり、選者を仰せつかっていた。

金沢といえば、安川久留美の名が浮かぶ。 

「川マガ」が出る前の「月間オール川柳」を記憶している人も多いだろう。

創刊第4号(1996.3)でその名前を知った。

酒で人生を棒に振った人のようで、最後は金沢の繁華街香林坊の路上に倒れ、

息を引き取ったという。享年65歳。

少し句を紹介しよう。

   左の眼つむり自分の鼻を見る

   秋の水顔を洗っている自分 

   淋しさは護謨人形の胸を押す

   牡丹雪牛のまつ毛の上に消え

   どの豚が偉いでもなし豚の群れ

   銀行の敷地に猫が死んでいる

   朝顔をほめてこぼれる歯磨粉

金沢市瓢箪町にある松立寺で「久留美忌」が開かれたかに書いてあったので、

墓でもあるのかと探して行ってみたが、戸の閉まった玄関前で引き返すしか無かった。

7日、福村今日志さんから、久留美に関わる物は何も残っていない、

墓も分からないと聞かされた。

ただ松立寺では「久留美忌」ではないが、物故された石川県の川柳人供養の集いが今も開かれているという。

合掌。

 

ところで大会の成績だが、マア上品な成績だったと言っておこう。

 

 

2019年4月 8日 (月)

斜めの桜

あっという間に桜が咲きだした。

 

浅葱色の着物が目に入り、なんと春らしい色よ、と見とれてしまう。

真珠のネックス。シャネルスーツ。正装の人々が目指す先には、

満開の校門の桜が出迎える「入学式」の大書があった。

 

子供たちのおめかしも可愛く初々しい。

これからの学校生活が楽しいものでありますように、と願いながら

通り過ぎた。

 

途中、古い家の桜が斜めに懸命に枝垂れていた。

咲いてくれて、見せてくれてありがとう、と呟く。

 

    一礼ののち桜去る   

2019年3月31日 (日)

共感

「ボクたちはみんな大人になれなかった」(新潮社)という本がある。2017年6月に発売されて3日で重版決定。大ヒットとなり、先日ついに文庫本が出た。Twitterから誕生した著者「燃え殻」さんが、編集者の勧めでウェブサイト「cakes」で発表していた小説だ。私もその頃から読んでいた。1990年代の東京を舞台にした著者の自伝的青春小説は、一つひとつのシーンの描写が映画を観ているようだった。
たとえば、ある朝気がついたらゴールデン街の居酒屋の畳スペース。店のママ(ほんとうはパパ)と同僚の声がして、二人が作る朝ごはんの匂いが流れてくる。雨の音がするのに、すこし日が差していて、今日はややこしい仕事がなかったらいいなあ〜なんて思いながら、少しずつ目覚めていく……というようなシーン。
私にはそんな経験はないけど、そのときの空気、湿度、匂い、気怠さ、安心感、もろもろが伝わってくるからふしぎだ。いや、ほんとに経験ないですって(笑)
「私はまだ女子高生なので、この小説に出てくるようなことは経験したことがないけど、なつかしい気持ちになりました」も、小説に寄せられた感想だ。そのとき作者だけが見た景色のリアリティが、それに近い経験の感覚を呼び起こすのだろう。

「共感しました」は、句評によく出てくる。読めば秒でくる「共感」と、読んでじわじわくる「共感」。忘れがたいのは後者だ。燃え殻さんがある一瞬をずっと記憶しているように、一句をこころとからだを通して感じるからではないかと思う。

2019年3月28日 (木)

自慢

「こんなに長生きするとはお互いに思わなかったね。」

主人と顔を見合せている。


振り返ってみるとこんな私にもちょっと自慢話がある。

時代だろうか、手に職を、と地方から東京の代々木にある

山野愛子美容高等学校へ入学した。


その時の学園祭は、代々木競技場目指して仮装行列を静静と

しましたよ。

卒業記念はあのコマ劇場、宝田明と山野愛子物語に出演しました。


もひとつおまけ、

美容師国家試験の会場はかの有名な両国国技館でございました。



   左足カボチャの馬車に掛けたまま    彰子

 

 

2019年3月16日 (土)

哲学者

先日、半端ないごりらと言われる東山動物園「シャバーニ」に

会いに出かけた。

立派なコンクリートの部屋、でうつむき加減に座っている彼は、

確かにイケメンだった。

哲学者のような風格さえ醸しだしている。

 

他にも引き締まったお尻、むきむきの筋肉(私には分からなかった)が

魅力のポイントと言われている。

 

少し悲しいが、こんな物静かな思慮深い雰囲気の人間には、暫くお目に

かかっていないような気がした。

 


 

     人間でいるのに疲れドラミング    くにこ

人間でおわりたいよと神頼み

 

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