2020年7月29日 (水)

魅力の魅

疑いもせず、いつもの如く「追いてゆく」と句箋にしたためた。

後日、辞書にはない書き方なのでルビをふりましょうか、とお尋ねがあり

追(つ)いてゆくとルビを振って貰うことになった。

自分の間違い思い違いに長い間気づかなかったことに驚く。

正式なついてゆくの表記が気になり、調べてみた。

 

付いて行く 附いていく 随いて行く 跟いて行く などがあり、
「追」を“つい”と読むのは音読み、熟語(追加、追跡等)に使う方が適切。との

意見もあった。

 

同じように辞書になく、間違えた使い方をしていたのが、魅(ひ)かれる。

引かれる、或いは惹かれるが正確な表記だと知ったが、私は「魅かれる」の持つ

魅せられる魅了されるという雰囲気が好きだったのかもしれない。

近頃では、このような誤用が広がって、一般化してゆくケースもあるらしい。

 

川柳では遊びとしてこれぐらいは許されるかな、と暫く検索を楽しんだ。

 

 

2020年7月 3日 (金)

自粛の三ケ月

コロナ禍で自粛の4.5.6月。

近所の買い物以外遠くには出かけない日々だった。

徒歩圏内の平城宮跡へはおにぎり持参。唐招提寺、秋篠寺

垂仁天皇陵、ウオーキングを兼ね訪ね尽くした。

乗り物は利用せず。

 

人ともほとんど接触せずの暮らし。

今迄外へ出かけ刺激を受け、それを消化することで満足を

得ていたらしい。なので、予定表はいつも真っ黒。

それが3カ月間真っ白になったが、これも中々に快適。

もしかしたら今まで無理をしていたのでは?

自分らしさを取り戻せた気がする3カ月、巣ごもり生活バン

ザイという一面もあった。

 

こんな3カ月の

メリット

①食生活充実 ②家が多少スッキリ ③お金が減らぬ

デメリット 

①肥満 ②外出するのが苦痛 ③家着しか似合わない

 

うぅ~んこれからどうするワタシ。

 

   ステイホームちくちく雲を縫っている    せつこ

 

2020年6月27日 (土)

エアー吟行

コロナのせいで外出禁止、移動も集まりも控えるようにとのこと。

恒例の吟行も中止になった。そして考えられたのがエアー吟行。

 

今月の行く先は北欧のデンマーク。行ったつもりで作句する。

旅行会社のパンフレット、図書館のガイドブック、グーグルアースの

町歩きと写真集で街を歩く。

覗くと、とても魅力的な国で行きたくなった。

 

カラフルな街並みにアンデルセンがいる。

人魚姫の像を見て驚いた。下半身魚と思っていたのに足があったのだ。

(モデルの足の美しさに彫刻家が魚にするのを止めたとの説)

 

     人魚姫ゆるむ両脚枕花      くにこ       

 

   人魚は海の泡になる直前だったのかな?

                              

2020年6月11日 (木)

小糠雨

いつもより遅くなったが雨粒の落ちて来ない間に、と散歩を兼ね

下鴨神社へ行った。

その後、ゆっくり朝食を済ませ日課のナミアゲハの世話をする。

五月の頭から今日で33頭放った。

今年は蝶の出産率が芳しくないように感じる。

散歩帰りに6箇所ほど寄り道するが、卵や蛹になかなか出会わない。

 

昼食後、3頭二階から飛び立った。

雨の中、裏庭の桜の樹の枝で佇んで動かない。

何時までも姿が観られて嬉しいが…、寒くはないのか?

いつの間にか蝶の姿が4頭になっていて美しい乱舞が始まった。

 

2020年5月15日 (金)

アクリルのむこう

自粛生活が長引くほどに、ほんとうにしたいことが絞られてきた。
緊急事態宣言が解除されたら、まず行きたいのは図書館、本屋さん。
読みたいだけなら、ネット通販で買えばすむ。
書架の本に囲まれるだけで、気持ちが落ち着く。
背表紙に惹かれ、手にとって、一冊と出会う……。
人付き合いの下手な私なりの、人とのつながり方だったのだと思う。
それから、次はパン屋さん。
徒歩圏内には好みのパン屋さんがなくて、おいしいパンではじまる朝が恋しい。
私にとっての不要不急は、本とパンだった。

川柳?
時間も空間もぽかんとあいて、ことばが遠くなっている。
遠巻きにしたことばから、あたらしい発見があればいいのだけれど……。
透明なさやの中の豆のように、まわりを見つめ直している。

  どちらからともなくうたう雨と豆  桐子

 

2020年5月 4日 (月)

苺。

こんな時代になるとは夢にも思わなかった。

いつもの暮らしをうまく思い出せない。

 

日ごとに濃くなり世界を蝕む影のない影。

顔半分隠すマスクは、自らを社会を守る白い防護壁。

誰とも触れ合わぬよう身を縮め、買い物の列に並ぶ。

そして五月になった。

 

ベランダの鉢植えの苺がふくらんできた。

白い実が赤く色づいてゆく不思議。

ちいさな発見をちいさな喜びとして、静かにこの嵐の

過ぎ去るのを待とう。

 

 

2020年4月23日 (木)

三密を避けて・・

家に籠りっぱなしの毎日。

晩柑の皮でママレードを作った。

熱湯を注いでいただくと甘くほろ苦く中々美味しい。

 

昨日は流しの下の整理をした。大きな擂鉢、山椒の擂り粉木。

私の腕ではとても振り回せぬ中華鍋や、寿司桶が出てきた。

大家族の頃は大いに活躍の場があったであろうに・・・

 

中々整頓に気が乗らぬ小引き出しの小物にも呼ばれている。

トキメクものとそうでないものと区別を・・・

そうはいっても、そう簡単には棄てられませぬ。

暫し、想い出に耽ってしまった。

 

運動不足になり勝ちの昨今、ゆっくり路地を歩く。

よそのお庭の八重桜がぽったりとほほ笑み、花菖蒲も頚をやや傾け

明日辺りは咲こうかという気配。山吹の黄は、例年通りけたたましい。

近くの公園ではハナミズキの白が、襟を正して出迎えてくれる。

 

短い散歩だったが四季の花々の律儀さに頭の下がる思いを抱いた。

 

 

2020年3月 3日 (火)

ことば

昨年から、歌人の牛隆祐さん、詩人の櫻井周太さんと、「フクロウ会議」というユニットで活動している。
昨夏に「蕪のなかの夜に」という本を出し、先月ことばとアートのイベント「アルデバランを踏まないように」を開催をした。
森をイメージした展示。朗読、歌会、トーク、ダンスパフォーマンス(漂流詩)…ことばをたのしんだ4日間だった。

Img_2179
私は、ハーバリウム にヒントを得て、試験管に川柳を浮かべて木に吊り下げた。ことばの木だ。水に浮かんだ文字は、果実のシミやタネのようでもあり、葉脈のようでもあり、気配で何かを伝えていた。すれば、葉脈も、タネも、果実も、読めるのではないか?

 

 

 

 

コロナウィルスの感染拡大で、なるべく家でおとなしくしているように言われている。句会も中止だ。今日は、家のなかのものを読んでみよう。そういえば、昨日おじいちゃんがくれた人参。…なにやらもの言いたげである。Img_2187

 

 

2020年2月16日 (日)

馬酔木

梅はもう咲いたかしらん、と植物園に出かけた。

かすかに梅の香はするも、まだ木も白い蕾も固く身構えている。

むしろ紅梅の花が満開に咲き、愛嬌をこぼしていた。

馬酔木のベル型のつぼみは、いつもより早く半開きの口。

昔、馬酔木の句を作ったな、と古い記憶を手繰ってみる。

 

     馬酔木びっしりうすら笑いに充ちている 

 

毒性の植物ということで、不穏なものを感じたのかもしれないが、

同じ吟行の時に作ったほかの句

 

      この先もつぼみは口を割りません     

      ありえへん言葉ぽっつり梅の花      真理子

 

きっと斜に構えていたのだろう。

 

 

2020年2月 6日 (木)

蕗の薹

窓の外は白いものがチラホラ…
今冬初めて手先に息を吹きかけた。
電気毛布を出して洗うことに、遅いんじゃないか!でも洗う。
台所へ立った、我が家はいわゆる鰻の寝床、とにかく寒いさむい。
しかし、動き出したら止まらない。性格だなぁ、

友人から貰った瑞々しい菠薐草、菜の花、蕗の薹みな鮮やかな若緑。
冷たさを忘れる。
茹でて3通りの味付けを、ついでに半熟卵の燻製も。
もう一働き、と金魚鉢も洗う。   ふぅ……。

やっと朝食。
録画してあった鬼束ちひろのライブを観る。
うまい歌い手である。

  

  蕗の薹ひとつ風船割って来る   彰子

 

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