2017年3月15日 (水)

ひなめぐり

奈良県高取町のお雛様を見に出掛けた。
土佐街道に面した民家を中心に90軒あまりが参加。
どの家も玄関を開放、見学者が自由に出入りできる。


家の中には立派な雛段があり、先祖伝来の古雛や手作りの

紙雛など、それぞれの趣。

雛の周りには梅や菜の花、カラフルな餅花が飾られている。


セキュリティ等で神経を尖らせている私には、その大らかさと
優しさがとても嬉しかった。


高取のお雛様はとても可愛く、ほのぼの癒しをもらった。

    
    微笑みの傘におおわれ雛めぐり     くにこ

 

2017年3月 8日 (水)

ずっと前の勉強会のとき、なんとなく見ているテレビや、

新聞、日常の風景や言葉、そのどこに自分が魅かれるか、

常に意識しなさい、と柊馬さんに言われた。

 

昨日みたドラマに使われた、詩の一節にしんと心を掴まれた。

検索してその詩を探しだした。

 

「つた」    ト・ジョンファン


あれは壁

どうしようもない壁だと私たちが感じる時
その時
蔦は何も言わずにその壁を登る


一滴の水もなく種一粒生き残ることができない

あれは絶望の壁だと言う時
蔦はあせらず前に進む

一指尺でも必ず多数がともに手を携えて登って行く

青ざめた絶望を捉えて放さない

あれは越えられない壁だと頭(こうべ)を垂れている時

蔦の葉一枚は蔦の葉数千枚を導いて

遂にはその壁を越す



宝が池を一周した。

春の池はガラス細工のような波紋を散らし、馬酔木の
白いつぼみがいくつもほころんでいた。

2017年2月27日 (月)

大阪短歌チョップ vol.2

行ってきました。フェスのようなイベントを目指したというだけあって、歌会、トーク、ワークショップ、朗読、歌集販売などなどなど、おもしろい企画が盛りだくさん。
私は、「あつまる、ひろがる短歌の『場』の現場から」と、「新しい短歌、こっちにもあります」の二つのトークセッションと朗読を聴きました。

川柳は、若い人が入って来ないと嘆くけれど、何も努力してないなあ…と思いました。あと、印象に残ったことを一つ(メモの断片なので正確ではありません)
Twitterで流れる短歌は一時期より減っていて、それは、ふぁぼられる(お気に入りに登録される)ことよりも、きちんと読まれることがより求められてきているのではないか。最近は、歌集が書評にどう載るかより、安福さん(短歌一首+イラストの作品を描いている方。サイト「食器と食パンとペン」)がいつイラストにしてくれるのかが気になると言う歌人も。安福さんは、だれかに歌を分からせようとしてイラストを描いていない。やはり、“この人は本気で読んでくれた”が求められている。作者は感想を求めている…といった話がありました。

それで言うと、抜けた抜けないで終る川柳の句会は、手応えがなくもの足りないでしょうね。
まあ、分かる、分かってもらえる、分かりたいと思っているところは、若さかなあ。自分のこともよう分からんし、分からんのがええやんと思ってるのは、これもう立派な年寄りでしょうか?川柳では若手やのに(笑)

2017年2月20日 (月)

大雪さん

またまた間際の書き込みです。

川柳凜で4年余にわたり同人作品評をお願いしていた矢本大雪さん

(新思潮)が1月に急逝されました。

作品評では作品の下五について問題にされ、それでいいのですかと

ご指摘 いただいたという印象が残っています。


68号の作品評で終わりにしたい、最後だから頑張って書きますと

お便りにありました。まとめ的なコメントが読めるかも、と楽しみに

していましたが残念です。

 

つづきの会で出した私の作品、

 

     …たぶんと答える半角のしじま    へのコメント。 

 

「発想はものすごくいい。ただし、しじまがおしゃべりしすぎだ。おそらく

ここに取り上げるべき言葉を見つけるのは難しい。何年もかかるかもしれない。

それがふっと浮かぶとき、我々は川柳の恩寵を感じられるのだ。

でも、正解はないのだろう。」

 

ご冥福をお祈りいたします。

 

2017年2月18日 (土)

ヒヤシンス

たまたまスーパーの隅に売れ残っていた鉢をひとつ求めた。
白い花のタグのついたヒヤシンス。
三つの球根が小さな鉢いっぱいに押し込められていた。

日当たりのいいカーテン越しの場所が居心地よかったのか、
みるまに莟をあげ、それも花芽五本というお買い得。 

ヒヤシンスってこんな花が咲くんだ、おもわず見いってしまう
清楚な星型のその美しさ。

漂う甘い匂いを楽しんでいたが、半月近く咲き続けていた花も

翳りはじめたので、とうとう鋏を入れた。 

瞬間、青い匂いが立ちのぼった。
私をすこしうしろめたい気持にさせるヒヤシンスの傷の匂い。 


数あるヒヤシンスの句の中で一番好きな句。



銀河系のとある酒場のヒヤシンス   
 
閒石

 

 

 

 

2017年2月14日 (火)

まったり

宇治茶の歴史は古い。

先日宇治茶のインストラクターになった友人が茶の美味しい

淹れ方、飲み方を伝授してくれた。


用意されたのは抹茶、玉露、煎茶、点骨、かぶせ茶の5種。

それぞれの茶葉に適した温度まで冷ました湯と、それぞれの

時間で入れたお茶はまったり美味しいお茶になっていった。


お茶の味わいは皆異なる。

舌に転がすと甘さの勝った苦さ、渋さの中の甘さなど深い。

お茶の楽しみを教えられた贅沢な時間であった。

 

  もう2分待ってまったり茶の時間   くにこ

 

2017年2月13日 (月)

つづきの会の皆さん

つづきの会の皆さん、退院後二度目のメッセージになります。

 

手術のその後のあれこれで体力、体重ともに回復に手間取るのは年齢相応のことですが、退院後の抗癌剤治療について、今日、医師の説明を受けたところ、来週から数週間、間を開けつつ投薬を、とのことになりました。

で、私個人はまず半年ほどは会への出席がままならないことになります。

 半年間を経て如何になるかは不明。

 その間、川柳活動は体調を観察しながらの個人活動に限って、集団活動への参加は控えることになります。

 馴染みの句会へ、ひょいと顔を出す、自分のブログ「柊馬の川柳フェスタ」で出来る程度の何かを発表するなどが可能であれば、という感じです。

 もちろん当会は会の皆さんのものなので、活動の継続が在れば、私は体調に合わせて、出席あるいは欠席――の状態になりそうです。

 以上が13日、の私の現状です。

 

キザですが、眼の前のテレビ、能『八島』、「元の渚はここなれや」と演ってます。ちょっとセンチメンタルーー。

 

2017年2月11日 (土)

闘病中

29年1月

 

 

 僅かな呟きだったとしても、リーダーのたくましい

声を聞く。久しぶり!・・・ 

 

以来 つづく雪情報に我らは、シャンとしたろうか

今朝までは塀にしがみ付いていた雪が、無くなって

この春陽・・・・・。強烈やな

 

2月例会の投句をひかえて、冷静なときである。

「わかったかい」と横眼してくる。リーダーの手。

 

なので、2幕目に射し込んでくる厚かましさを探す、

図々しい言葉や、ことが、どこかで暗躍してるはず。

 

  雪がくる タクシーが居ない    きくこ

 

2017年2月10日 (金)

どこへ

今年も3月に「時実新子を読む会」を開くので、目下準備も追い込み中。
今年は、「川柳ジャーナル時代」を取り上げます。新子が詩性と川柳性の間で葛藤し、さいごは川柳性を選び取り、自身の方向性を定めた時期に当たります。
詩性と川柳性について考えていたところ、昨日は、さいごの散歩会「何必館・京都現代美術館」がありました。本多洋子さんのブログ「洋子の部屋」から、一人1句を転載します。

  つかわない言葉のように雪が降る         中野六助

  最後だというのになんてセロファンな日      岩田多佳子

  ひらがなをぐっとまがればさくら色         德永政二  

  ひとすじの黒の隙間が父でした           清水すみれ

  団体になるまで雨は止みません          北村幸子

  魯山人が綿を活けろと言うたんか          森田律子

  何層も重ねて夜が出来上がる            八上桐子

  長い手はだいじな人を抱くために          峯 裕見子

  春の雪ホラホラにしんそばうすい          辻 嬉久子

  さあ諸君一緒に溶けようではないか        内田真理子

  マヤ・マックスの黒い絵の具を拭いたげる     岩根彰子

  釘で書くナヤミマシタクルシミマシタ         川田由紀子

  ささやかがあつまってゆくうつくしさ         田村ひろ子

  おーい雲どこかで誰かはーい雲           嶋澤喜八郎

  ストレイシープ四匹かかえている冬         街中 悠

  耳だけを残して海峡を越える             笠島恵美子

  青空の奥には船が行き来する            本多洋子

  獺祭やいつもとちがう茶器並べ           坪井篤子

  画廊では左手だけで生きられる           小池正博 

  一瞬を駆け抜けた黒雲の跡             今井和子

  こんなところで出合うなんて 流木         八木侑子

穿ち、笑い、軽み、意味性、共感性…まだまだ川柳性健在とみました。
六大家の時代の終焉後の、「川柳ジャーナル」、「川柳平安」、「展望」などの時代。その頃からの川柳を牽引した作家、柳誌、大会がなくなっていく今。これからの川柳は、どこへ向うのでしょう?

2017年2月 1日 (水)

一月例会の感想

つづきの会の皆さん、帰ってきました。といっても闘病状態がつづくのですが。

そしてもちろん、当欄を読んでくださっている多くの方々が居られるのですが。

 

一月の例会は私が欠席、自習と称して幾つかの提出物を見て印象吟の即詠を試みられた由、ひでおさんから頂いた資料で拝見。

不参加のお詫びのしるし、とは不遜で申し訳ないのですが、例月の柊馬の出まかせの批評をここに少し書いて仲間意識のしるしとさせていただきます。

 

でも病床でのことで僅かなつぶやきです。無論作者名はナシで。

 

抜句

⦿ 芽キャベツの助走本気になるつもり

 おばさんが必ず覗く羽の裏

〇 一、一七ビニール越しの平穏

  しわくちゃのクリームパンになりそうだ

  クリームパンに前歯があって食べられぬ

  りてりてと人の形を人が彫る

  カルメンの口から落ちた花さがす

  小鳥来る闇かきまぜているうちの

  ギラギラになりましてんこけましてん

  三日ほど濡れ新聞に包まれる

 

注目点

  きおつけ休めきおつけ休め しんど

 

・「しんど」に作者の個性が作句の愉快に馴染んでいると見ました。個に内在する言葉が、すらっと定着!――作者の進展性の現れですね。

 

▼いわゆる既成の表現法にながれてしまった句語

するかしら・貝殻に・波に消え・――までを・したたって・――的・――いただく今朝の・その母・――なれそうだ・のぞきこむ・いるうちに・――笑う・夜に閉じ込める・遠くの海が・空から舞って・――とため息と・春だ・塗ってある・青い・あるらしい・であること・ような・――の子を宿す・はみだして

 

――以上、遠慮はあきまへん、もっと厚かましさを!!

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